理化学研究所の調査はどこへ向かうのか?

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STAP細胞の論文不正問題で理化学研究所が揺れている。
小保方さんたちの論文不正の問題を調査する委員長の論文に不正が発見された。
その後も不正論文が見つかり、小保方さんの論文の調査だけで済ますことができない状態と思える。

そもそも論文の構成で過去の論文を参考にすることはマストである。
自らの論理だけで新規論文を組み立てることなど、不可能に近いし、論文そのものの信頼度が落とすことになる。
研究は先人たちの研究成果の上に立ってさらに高みに進めていくことが人類の研究活動の常であると思っている。
この観点でいえば先人たちの多くの研究をいかに参考にしたかが、論文を構成する上で大変重要である。
このとき参考にした先人の研究をすべて明らかにし、記述として残すことが常識である。

さらに研究活動がパソコンのなかった時代と比べ、多くのデータをパソコンに保存し、活用することが常識の範疇となる。
パソコンのなかった時代はノートに書き、限られた画像やデータをきっちりと保存しないとわけのわからないことになってしまう危険性をいつも感じていた。
最先端の研究論文を発表した経験のない私でも資料をいかに整理し、保存するかが重要であったかは理解できる。
しかしパソコンがツールとして使われるようになってから、研究活動が大きく変わったのではないか。

研究成果の画像やデータは簡単にパソコンで保存できる。
保存した画像やデータは、発表時に使用できる。
このとき使ったデータは一次データとして記録し保存することである。
すなわち手を加えた画像やデータは、新規のオリジナル一次データとなることを理解することである。

昔、コピーされたデータに自分で記憶のために書いた手書きのメモは、新規オリジナル一次データだと指導されたことを思い出す。
パソコンを使用して研究経過や発表するような研究状況の中で、依然として研究ノートにこだわっている。
このような理化学研究の研究姿勢そのものが現在の研究体制に対してマッチしていない、遅れているとは言えないだろうか。

このことに言及し論じることなく論文の不正があったかなかったかに注目し、過去の2万点を超える研究論文を検証するのは、あまりに近視眼的と言わざるを得ないと思う。
現状では簡単に論文の不正問題を起こしてしまう体制にあることを検証し、再発防止に向けて取り組みことであると思う。
STAP細胞の不正論文問題で悪意のあるねつ造や改竄がなかったことは、こうした研究体制の中で説明できる問題と思える。
その上で早々に研究活動に戻さなければ、世界から研究活動が遅れてしまうことを懸念する。